2013/10/22
Pollini Beethoven Appassionata 1
ポリーニの演奏する「熱情」。こんな気分で新たな人生を開始しました。
どんな事が待ち受けているかわからないけれど、穏やかに暮らしたいと考えています。
今引っ越してちょうど1週間。荷物もやっと半分程度収納、片付けなどできている状態です。
引越しとは大変です。区役所、警察署、免許センター、保健所、銀行、販売会社、いろいろなところに行かねばならず、身体化した症状のあるわたしや主人にとっては、大変労力と精神力を使うこととなりました。
新しいところは東京オリンピックの一部の競技の開催されるところでもありますが、
いわゆる「下町」でもあります。
人情味豊かで、物価は安く、買い物も楽しくできそうですね。
市場がや24時間スーパーが身近にあり、驚くほど安い値段で買えたりします。家計にはすごく助かりますが、でも、野菜やお米などは生協で買うことにしました。
「東都生協」を引き続けていくことにしました。
この生協は品質はずばり、お米も種類が豊富、調味料もこだわりがあります。
肝臓を守るためには続けられるうちは続けていきたいと考えています。
何を食べているかによって、血液検査の結果に反映されるので、食生活は重要ですね。
ベートーヴェンはこんなにも素晴らしい情熱を持っていたのですね。
ポリーニが後期のソナタを最初に録音したのは、わたしの観点では、
後期のソナタを解読できたからでしょう。ベートーヴェンが最終的にたどり着いた作曲法や音楽においての理論構築、そして揺れに揺れた感性が最後にたどり着いたところ、それを見抜けたからだと思います。
そして、後期のソナタは、ベートーヴェンの精神が勢いよく上り詰めているだから、勢いよく演奏できるときでなければ録音は無理だ、と考えたのかな、と思っています。
それまでの通過点のソナタは、やはり通過という観点で考えたら、やはり結果がわかっていないと表現しきるのはちょっと無理だと考えるのが賢明でしょうね。
人生でも夢中な時ってその時の自分を客観的に表現することはできませんよね。
ある程度年齢が過ぎてから、あの時は・・・なんて詳しく第三者的に表現できますよね、自分を。
ピアニストは作曲者本人になる必要はないですよね。
なれたら占めたものですが、無理な話です。第三者が曲を演奏するとき、作曲者を理解するとき、
近寄ることはできても、精神の中まで見ることはできません。だから第三者の立場を保ちつつ、
曲の構成と感性を表現するのがピアニストの仕事だと思います。
そして、そこにピアニスト自身を織り込んでもいけないと思います。
「再現」という作業なのですから。
所詮、自分のことは自分しかわからないんです。
他人は恐ろしいものですね。
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