2013/11/23

超絶技巧の第10番のAllegro agitato moltoの意味とは?




大好きなルガンスキーとポリーニの演奏を聴いてみました。
どちらも甲乙付けがたく、気質の異なるピアニストの解釈を論じるのは如何な物かと自分でも思うのですが、ポリーニのあのテンポの速さの論拠が未だ見つからず、また、ヘンレ版の楽譜を見ては、自分が弾けたらどう演奏するか考えています。

ポリーニはもともとこの曲はルガンスキーらのようなテンポで演奏していたようです。
それがいつからか、だんだんと速くなり、今のテンポに落ち着いたと、あるファンの方の
サイトで知りました。

正攻法でいうと、ルガンスキーのような演奏が正しいのかもしれません。
しかし、作曲家になりたかった、ショパンコンクールで優勝してピアニストへ道を切り替えたポリーニが、物理や数学が大好きなポリーニが、敢えてテンポを速くしたというのは、何かテンポ設定上の計算を発見したからではないかと思います。

わたしはこの楽譜が4分の2拍子であること、agitato moltという表記に引っかかりを覚えます。この曲を速く弾けるということはものすごいヴォルトオーソだということは一目瞭然です。きっとルガンスキーもおちゃのこさいさいかもしれません。
リストというと、テクニックは当時はすごいものでしたが、今と比べたら、それは比較になるものではない、とどこかのサイトで読みました。確かにそうかもしれませんね。
このyou tubeで、以前ブラームスの自演(蓄音機)の演奏を聴きました。とぎれとぎれでしかないので、正確なことは把握できませんでしたが、ブラームスはかなりの腕前ですが、腕前よりも詠うことを前提に演奏しているように感じられました。
だとすれば、19世紀末頃の演奏法は、情感に重きを置いていたのではないでしょうか。
スクリャービンとかドビュッシーとかグリーグの自演もそうですよね。
ラフマニノフのテクニックは19世紀〜20世紀では最大のものだと思いますが、
演奏はほぼ情感に重きを置いていると思います。
それから、19世紀の16分音符の演奏法です。わたしはどうしてこの演奏法が生まれたのかは知りません。音楽を専門に勉強した訳ではなく、ただ現代の奏法をピアノの講師より学んだだけですから。ただこの演奏法が主流だったことを考えると、
Allegro agitato moltoで演奏するということは、少なくとも遅くはなく、むしろ速めだったのではないかと、今しみじみ楽譜を見ながら感じるのです。

ラフマニノフの前奏曲23-5の演奏を思い起こしてみること。
ラフマニノフのリストやショパンの演奏を思い起こしてみること。
そこにすべてのヒントがあるように思います。

2013/11/06

Rachmaninoff: Piano Concerto No.2 in C minor - Lugansky / Otaka / Tokyo ...


ああ!ラフマニノフがいる!!ルガンスキーはほんの10年前にこんなにすばらしい演奏をしていたのですね。

クラシック嫌いの主人が認めるピアニストはポリーニとルガンスキーだけ。
主人もわたしと同じ病気を持って、頑張って昇進を果たして日々奮闘しています。
主人はクラシック音楽が嫌いなのです。アメリカのロック音楽の大ふぁんなのですが、
主人は自分の精神の疲労を感じると、決まって聴くのが、ポリーニのモーツァルトのピアノ協奏曲とルガンスキーのラフマニノフのピアノ曲の演奏なのです。

演奏はわたしのMacintoshで聴いています。すばらしいPCですよね。スピーカーが要らないんですから。

この尾高忠明さんの指揮での演奏は、ラフマニノフの落ち着いた豊かな精神状態を思わせる、そしてラフマニノフらしさが溢れ出た演奏にまとめられているように思います。

この演奏を聴いて、ライブ演奏の瞬発の美しさを思い起こしました。
近年の演奏は、ラフマニノフではあるけれども、ルガンスキーらしさも、そして
ラフマニノフの曲の解釈に新たな糸口を見出させるような品格の高さと美しさが追求されているようにも感じられますね。

でも、この演奏はラフマニノフを知る基本の演奏だと思います。
ラフマニノフ本人の演奏と聴き比べてみるべき演奏だとも思います。

今日は診察日でしたので、久しぶりに主治医にお会いしてきました。

精神科医とは変わり者で偏屈が多いように思われますが、
わたしの主治医はいたって普通の人だと思います。
相性がいいとは特別思いませんが、そもそも、主治医との相性で病気が治る訳でもありません。異性という意識も持っていないこと、だからか、自分が思うことは何でも話してしまいます。年齢が近いこともあるかもしれません。

主治医のすごいと思うことは、どんなことにもたじろがず、聞き入れ、受け止めてくれることです。患者とは親密な距離にならない、これらは精神科医としてあるべき姿だと思いますね。
こういう姿勢を保つ主治医はさぞかし大変な精神力を強いられていることでしょうね。
わたしなんて5年も通ってますから、研究材料になっているでしょう。
最近は主治医に信頼感を持っているので、わたしの病気をとことん追求してもらいたいと思っています。

わたしは病気になって、初めて、人間の心のあくどさを思い知りました。

療養生活が長くなると、世間は専業主婦のくせにうちにどずばって、と白い眼でにらみます。自分は苦しんでいても世間は異物お荷物扱いなんですよね。
それから、いくら今女性が社会進出しているとはいえ、精神疾患の主婦に偏見を持ち、電磁波攻撃などの嫌がらせや罵詈雑言を浴びせる、臭いものにふたをするような、差別思想は根強く残っているのです。こちらの言い分は通りません。

わたしのような立場になったら、死ぬか生きるか、覚悟せねばならず、何のために生きるのか見出さなければなりません。
わたしは主人がいるから生きている、主人のために生きる、という使命がまだ残っています。主人が、「これから何があっても最期は一緒だからな。最期の最期、2人で死ねば良い」と言ってくれました。それが今わたしの心の支えとなっています。

引っ越ししましたが。真上がカルトのアジトのようです。黙認しているのがすごいですね。ドアの電源がついていないのに、郵便ポストもごみだらけなのに、足音と電磁波と騒音攻撃を日に日に強くしてきています。

精神疾患の人間は最早人間じゃないんですよ。仏教の世界なんてこんなもんです。
中世の魔女狩りみたいなのが罪に問われない形で行われているんですよね。

だから、ラフマニノフなど、精神疾患を患ったことのある作曲家や演奏家は一芸に秀でていたからこそ自分の居場所を設けることができたものの、一般は大変な思いをしたでしょう。もちろんラフマニノフの精神的な苦しみは大変なものだったと思います。
これは経験しないと分かりません。

「出る杭は打たれる」っていうことわざ。

この演奏とてもすばらしいのに、何で平凡な拍手なんでしょうね〜。

これが日本人なんですよ。

日本人のクラシック愛好家でルガンスキーを推奨する人は少数です。呆れますね。

2013/11/01

Polliniは私の中では偉大すぎるピアニストである。

 
引っ越して半月が過ぎようとしています。
 
見えない敵は未だに追いかけてきているのは分かりますが、私たち夫婦は覚悟を決めています。
見えない敵がわたしの精神療養に邪魔をし、生命をはく奪せんともくろんでいるのはわかりますが、
わたしは大人になろうと決心しました。その程度の人間でこれから先ありたくないからです。
 
今日、ポリーニのベートーヴェンのピアノソナタの新譜を手に入れました。
予約していたんだけどね、アマゾンがいつになっても配送しないし連絡もないし、よう見ればなんと、
入手困難状態だということで、じゃあ予約以外ならと思って探したらあるじゃないですか!
ルガンスキーの新譜も配達予定日になっても何の連絡もなし。こちらも入手困難!
わたしは見えない敵の邪魔が入ったのだと確信できましたよ。
実にくだらない!
 
ポリーニの新譜を聴いています。何て素晴らしい神々しい音色なんでしょう!
 
ポリーニの晩年の音色は、わたしの精神にすばらしい安らぎを与えてくれます。
この理屈や解釈や表現を超えた、精神に「癒し」を与える所業は、ポリーニにしかできないのではないかと思います。テクニックは落ちたとも思いますが、その代わりに、ポリーニは今のどのピアニストも到達しえない、精神上のある意味極みみたいなものに達し、それは神=キリストのお告げでもあるかのように、まろやかで神々しい音色で証明できるまでに成長していると思います。
 
ホロヴィッツが恐れた、嫌った、本当の理由って精神レベルの話だったのかもしれないですね。
 
2chのどこかのスレで、ポリーニは日本ではフルネームのサインをしない、と不平を漏らして騒ぎになっているのを見掛けましたが、
わたしはポリーニのフルネームのサインを持っています^^☆
あの渋谷のタワーレコードのトークサイン会に行ったときにいただけました。
額に入れて、ピアノの上に飾って、いつも練習するときはそのサインを見てやる気を奮い起こしています。
たしかに、ポリーニはサントリーホールなどでは、略式のサインを書いていたのを覚えています。
でも、それはポリーニはすごく厳しい人だと思うので、大ホールに聴きに来ているのが本当に自分のファンかどうか不信感があるんじゃないでしょうか。
本当に熱心なふぁんなら、いつどんな時でも駆けつけるでしょう。
だから、あのときフルネームのサインを書いたのだと思います。
 
また、日本は所詮、キリスト教国ではないし、今は仏教がらみの新興宗教がはやって、悪行三昧の国です。ふたをあけてちょっとぐぐれば、日本の裏事情が分かりますよ。
ポリーニは現代の日本を称賛しているでしょうか。
ポリーニが称賛しているのは、古い京都奈良の文化です。源氏物語の愛読者と聞きますし。
日本は経済的な発展においては成功したけれども、わび・さび・恥の文化を忘れています。
キレる、怒鳴る、攻撃する、自分中心、こんな日本人が多いんじゃないでしょうか。
 
昨日も某国会議員が、こともあろうに天皇陛下に手紙を渡したんですから。
 
しかもこの議員、自分が何をやったのか事の重大性を理解していない様子です。
天皇陛下に言いたいことを手紙にして渡しただけ?という感覚のようです。
 
これって。権威あるものを貶めようとしている証拠の一つじゃないでしょうか。
日本では「半沢直樹」が話題になりましたが、あのドラマの中に、韓国の衣装がちょっと映されていたようです。下剋上ならぬ、いや~なことを予感させますね。
某内閣法制局長官も職員への挨拶で、日本の昨今の風潮を嘆いていたようです。
 
ポリーニの音楽はそんな混迷の中に、一筋の光明を見出すような感覚を教えてくれるのです。
 
現代のピアノ演奏の聖書はポリーニしかいないでしょう。
 
ピアニストはよく「馬鹿か、ユダヤ人かゲイ」と言われますけど、
そんなに限局的に言えますかね~。
 
少なくとも、頭の悪い人は演奏に内容が出てしまうと思うので、それは排除すべきかと。
ポリーニのような頭脳明晰な人物もいるのですから。
 
 
 


2013/10/22

Pollini Beethoven Appassionata 1



ポリーニの演奏する「熱情」。こんな気分で新たな人生を開始しました。

どんな事が待ち受けているかわからないけれど、穏やかに暮らしたいと考えています。

今引っ越してちょうど1週間。荷物もやっと半分程度収納、片付けなどできている状態です。
引越しとは大変です。区役所、警察署、免許センター、保健所、銀行、販売会社、いろいろなところに行かねばならず、身体化した症状のあるわたしや主人にとっては、大変労力と精神力を使うこととなりました。

新しいところは東京オリンピックの一部の競技の開催されるところでもありますが、
いわゆる「下町」でもあります。
人情味豊かで、物価は安く、買い物も楽しくできそうですね。
市場がや24時間スーパーが身近にあり、驚くほど安い値段で買えたりします。家計にはすごく助かりますが、でも、野菜やお米などは生協で買うことにしました。
「東都生協」を引き続けていくことにしました。

この生協は品質はずばり、お米も種類が豊富、調味料もこだわりがあります。
肝臓を守るためには続けられるうちは続けていきたいと考えています。
何を食べているかによって、血液検査の結果に反映されるので、食生活は重要ですね。

ベートーヴェンはこんなにも素晴らしい情熱を持っていたのですね。

ポリーニが後期のソナタを最初に録音したのは、わたしの観点では、
後期のソナタを解読できたからでしょう。ベートーヴェンが最終的にたどり着いた作曲法や音楽においての理論構築、そして揺れに揺れた感性が最後にたどり着いたところ、それを見抜けたからだと思います。
そして、後期のソナタは、ベートーヴェンの精神が勢いよく上り詰めているだから、勢いよく演奏できるときでなければ録音は無理だ、と考えたのかな、と思っています。

それまでの通過点のソナタは、やはり通過という観点で考えたら、やはり結果がわかっていないと表現しきるのはちょっと無理だと考えるのが賢明でしょうね。
人生でも夢中な時ってその時の自分を客観的に表現することはできませんよね。
ある程度年齢が過ぎてから、あの時は・・・なんて詳しく第三者的に表現できますよね、自分を。

ピアニストは作曲者本人になる必要はないですよね。
なれたら占めたものですが、無理な話です。第三者が曲を演奏するとき、作曲者を理解するとき、
近寄ることはできても、精神の中まで見ることはできません。だから第三者の立場を保ちつつ、
曲の構成と感性を表現するのがピアニストの仕事だと思います。
そして、そこにピアニスト自身を織り込んでもいけないと思います。
「再現」という作業なのですから。

所詮、自分のことは自分しかわからないんです。

他人は恐ろしいものですね。

2013/10/09

Sergei Rachmaninoff plays his Piano Concerto No. 2(+ 再生リスト)



やはり本物が一番ですね!

ラフマニノフの曲は、ほとんどご自身の演奏がすばらしいと思います。
ラフマニノフが伝えたいこと、表現したいことが満載なのですから。

引っ越しの日が迫っています。
今月初めにローン契約成立、鍵の受け渡しも完了しましたので、後はうちが引っ越しするだけです。
ひょんなことがきっかけで家を買うことになりましたが、結果的にそれがよかったと思います。すばらしい物件に出会えたこと。こじんまりとした洋風のマンションで、厳重なセキュリティで、都内では有名な行楽地なので、駅をおりるとすぐ行楽地、ヤシの木が生えています。東京湾はもうすぐ眼の前です。
そうです、うちの新しい新居のマンションは、東京湾まで500〜600mの立地です。

良い仲介業者の方々に恵まれました。この方々の助けがなければ、主人はローンをくむことはできなかっただろうと思います。頭の下がる思いです。

今は淡々と準備を進めています。
新しく再出発するために、そのためにこのマンションを購入したんです。

ポリーニはなぜラフマニノフの曲を演奏しないのかわかりません。
曲の構成が、自分のお眼鏡にかなわないとというのが基準のようですが、
わたしはラフマニノフを見事に演奏しきれてこそ、本物のピアニストではないか、と思っています。ラフマニノフを理解できない理由。もしかすると政治的思想もあるのでしょうか。

人間というのは、自分にとって好ましい情報しか取り入れない側面がありますよね。

新しいものや事柄を取り入れることが難しい、だから、差別や偏見、いじめ、殺人、嫌がらせ、ひいては戦争という無意味なことを延々と続けていきますよね。

自分のお眼鏡にかなうもの意外は省く、というのは極端です。
もともとクラシック音楽というのは、原点はキリストですよね。
キリストの教えに反してしいるような気がしますがどうなんでしょうか。

日本という国は仏教が主体のはずなのに、現時点では新興宗教がすさまじく、
それにもとづいた静かなる戦争も行われているようです。警察にも告発できないような。

太平洋戦争を終えて、人類は何を学んだのでしょうか?

結局何も学んでいないと思います。
結局は原点に戻って、殺戮を繰り返すのが、人間の性なのではと感じています。
それが「洗脳」というかたちで行われているのだとしても、
「洗脳」ということ自体おかしいとわたしは思います。
「洗脳」されない強い意志があれば、そういうことは起きないと思うからです。
「洗脳」にも本人の意思が関わると思うからです。

「自由」「平等」「博愛」これは永遠のテーマなんでしょうね。

わたしは大学で英文学を専攻しました。
キリストの原点からしっかり学び、英語は中世の英語の原本を読んで解釈していました。

わたしは日本人ですが、仏教はしっかり学校で教えを学びましたが、やはり人間の根源をしっかり掌握して向かうべき方向を指南してくれているのはキリストだと思っています。

ラフマニノフにとって、キリスト教とはどのように映っていたのでしょうか。

ラフマニノフは政治的なことで、アメリカに亡命しましたよね。
そのときの気持ちはどうだったのでしょう。
成功はしても、アメリカでのキリスト教のあり方などに違和感など覚えなかったのでしょうか?
内心は誰も知ることはできないけれど、そういう本などがあったらぜひ読んでみたいです。








2013/09/26

Lugansky Scriabin Etude op.8-12(+ 再生リスト)



今日は嬉しい日です!銀行の住宅ローン融資の許可が正式におりました!
これで、大好きになったマンションに住むことができます☆

昨日はわたしの診察日で、血液検査も問題なく、また、主人のNASHの診察日で、
主人も検査で異常が出なくなり、ほっとしました。
お医者さんって意外と住宅ローンのこととか知らないんですね^^;
消費貸借契約って伝えたら、それ何?って訊かれました。
ってことは賃貸とかに住んでるのかな?

このスクリャービンのエチュードは大好きな作品です。
ホロヴィッツ>スクリャービン本人>ルガンスキー の演奏といった印象です。
主人はスクリャービン本人の演奏が一番胸に染み渡ると言ってました。
そりゃそうですよね。
ラフマニノフの作品も、聴いた限りでは、結局作曲者本人の演奏がベストだと思います。

集められる限りいろいろなピアニストの演奏を集めました。
見つけ次第どんどん再生リストに加えていくつもりです。

昨日の夜は主人が飲み会だったため、
夕食はデパ地下でお寿司を買って食べました。たまにの贅沢気分です。

でも、今日は、ローンが正式に決まったので、
パルシステムのコア・フード牛肉のひき肉でおいしいハンバーグを作ります☆
お祝いです^^☆
アンチョビを入れると本格的な味になるので今日も加えようかと。
あと、ガラムマサラも少し加えてみようと思います。

昨日はスルタノフの演奏をわたしの価値観により探索しながら聴いていました。

彼は早逝でしたが、間違いなく天才だったと思います。

でも、彼がショパンコンクールで優勝できなかったのは、民族差別問題では
ないのではないかと思いました。
これはあくまで個人的な見解です。
ポリーニは東西冷戦の最中、戦後初めて西側で圧倒的な大差で優勝しましたよね。
ポリーニの演奏と聴き比べれば(ポリーニの18歳時の演奏)どういう意味で優勝できなかったかがわかると思います。

スルタノフの演奏は、テクニックは十分ですが、本当ヴィルトオーソなのか?とよく考えながら聴くと、いや、違うと思いました。
感性はポリーニよりも優れているかもしれません。
しかし、音楽をカラヤンと同じように、理屈と感性の両面からわかりやすく演奏できること、これにおいては少し欠けているのではないかと思いました。

音色もすばらしいです。大きな音を出す、そうだと思います。
でも、わたしはサントリーホールで幾度となく実演に触れてきましたが、
ポリーニも実は意外に小柄ですし、あのピアノから出てくる音は凄まじいものです。
ルガンスキーもそうでした。ポリーニとは異なり、澄み渡るような音色を大きく轟かせる、そして一音として正確であること(打鍵力が同じ、これはポリーニも同じ)が音楽の完成度を表していると思います。ルガンスキーもポリーニも「考える」ことをしています。
でも、スルタノフはあくまで直感的に楽譜をとらえているのではないかと思いました。

致命的だと思ったのはショパンコンクールでのソナタ第3番の第4楽章の演奏です。
ここまでひねらなくてもいいのでは?直感的に思いました。
これは言い過ぎかもしれませんが、テンポを遅めにして、左手のコントロールの猶予を取っているのでは?とも感じました。
あくまで個人感なのでご容赦ください。

あとから優勝したブレハッチは知性も感性もすばらしく、仰々しくなく、
曲の本質を問い続ける演奏をしています。
どうして二位なのか、それは、民族差別ではなく、明らかに民族差別問題があってもこの人物を優勝させるだけの、何かを審査員に感じさせなかったのではないでしょうか。
わたしは彼は天才だと思いました。
しかし、彼はコンクールに向くピアニストではないと思いました。

キーシンのようなピアニストとしての道を歩めば、もっと成功していたと思います。

ピアニストはコンクールばかりが実力じゃないですよね。

コンクールに向かないと思ったら、ひたすら演奏して回れば良いのです。
人心を掌握できてこそ、本物のピアニストです。

2013/09/23

Horowitz Rachmaninoff 3rd Concerto Mehta NYPO 1978 (+playlist)



もう少しでローン契約ができそうです。

東京23区内、しかも2020年の東京オリンピック開催地の本当に近いところに
新築マンション3LDKを見つけました。
人情味のある不動産会社で、営業員の方がとてもきさくで私たち夫婦の事情を汲み取ってくださって、見事、借り入れの仮審査(ワイド団信保険)通過に導いてくださいました。

今は主人が、お義父様の代から取引している銀行にローンの本審査を申し込んで結果待ちです。ほぼとおるのではないかと思いますけど。
銀行では営業部長の方が出てくださって本申し込みとなりました。
このかたは仮審査のとき、わざわざ現地に赴いてくださって、すごく良い方です。

「物件は人と人のつながりですから」と不動産会社の方は言われました。

わたしはこのマンションが大好きになりました。一目惚れです。
明るくて、カウンターキッチンでバルコニーが見えて。バルコニーは広くてゆとりがありますし。もし、ローン契約が済んで住めるようになったら、椅子とテーブルを置こうと思います。朝日を楽しみながら、主人と週末の朝のコーヒーを楽しめたら!

警備会社で守られているので安全ですし、部外者以外はマンション内に入れない仕組みですし。お風呂は人工の大理石ですが、すごく快適なデザインで、冬場は暖房入れて入浴できるので、寒い季節は寒い思いをしなくて済みそうです。

そんなうれしさとは裏腹に、この連休、わたしの実家に行ってきました。
実両親はわたしの病気に全く理解を示さないのです。
普通実家とはやすらぐところでしょう?
わたしは毎日毎日母親の説教を聞いて育ちました。
思い通りにならないとせっかんのようにおこられるので、嘘をついてその場をしのいだことが何度あったことか。
過換気症候群に20歳頃かかりましたが、1週間以上放置されました。あまりの苦しさに病院に連れて行ってくれと母に頼んだら、怒鳴られ、受付も自分でやれと言われました。
これは正直、わたしは母を恨みます。
就職氷河期であまりいい就職が見込めないと知るや、母や態度を翻し、「金」の亡者のような態度になり、使えない人間には病気になっても病院へ行かせてくれないこともあり、
ある日、精神的に疲弊していたわたしが胃が痛くなって吐いたら、
「そんなところで吐かないでくれる?汚くなるでしょ!」といわれ、
家にあるのに胃薬を飲ませてくれませんでした。
わたしは胃から出血したようで、血尿と微熱が何日も続き、それは母にはもう言えなくなっていました。こんな親子関係あるでしょうか。
自然治癒でなんとか治したと思いましたが、近年、実はそうではなく、わたしの胃は
慢性胃炎の憎悪状態であることがわかりました。

社会に出でからも母の拘束はひどいものです。機嫌が悪くなると自分の都合優先で、職場に平気で電話をかけてきます。
愚痴を言えば、私が悪い、苦労が足りない、そういう部分もあるかもしれないけど、
わたしが受けた人間関係のつらさ、職場での仕事のつらさは、母にはわからないもので、わたしにしか知り得ないものだということは自分でわかっていました。

「金を稼げ」

これが母の言いたいことなんです。

だから、わたしが国家公務員の本省職員の夫人におさまり、遊んでいるくせに働きもしないで精神病になんかなって、ぜいたくだ、というのです。
薬も荒療治すべきだと言って、全部勝手に飲むのを止めるように説得してきます。
説得というより、脅し、クレーマーの状態です。
わたしの意見は絶対に聞きません。自分の主張しか通しません。

実家で「早く薬やめて子供産みなさいよ。できないなら働けば?」

平気で言ってきます。
そして最近結婚した従姉妹のことはべた褒め。お金持ちで、良いところの住所に住めるし。
結婚相手をほめていました。わたしと主人の眼にはがら悪いやくざっぽい男性にしか写りませんでしたが。
今従姉妹の家はお金持ちであっても2013年問題で家は傾きかけています。
そこへわたしの夫が国土交通省ということでなのか、今まで鼻も引っかけなくてわたしのことをさんざん馬鹿にしていたくせに、急にたよりをよこしたり急接近してきようとしています。わたしは嫌なので拒絶しています。

従姉妹も胆のうを悪くして専業主婦になりました。
どうして従姉妹のことを悪く言わないのか母に聞いたら、「だって稼いだじゃない」と。

あまりにもくそみそに文句を言われるので、主人と実家を飛び出してかえってきました。

主人に今の親子関係をどう思うか聞いてみました。

「ああ、もう親子じゃないと思うよ。もう距離を置いた方が良い。電話もするな。きても着信拒否にしろ。とにかく離れろ」

今朝、朝早々に母からクレームの電話がきました。
出るのがいやで主人に出てもらいました。
主人はクレーマーの処理はなれているので、さっさと交わしておしまいにしてくれました。

「○○先生のいうように親からは離れろ。俺がいるから、大丈夫だから」

わたしは感情がこみ上げて泣いて泣いて泣いてしまいました。

わたしは決心がつきました。
実両親のために病気のための自殺もしないと固く決めていたけれど、
これほどに拒否されるなら、もう干渉すまいと思いました。
主人に死なれても強くなって生きるか死ぬか覚悟を決めることができると思いました。

子は親を思うべきなのです。

でも、わたしの両親はわたしを理解しないし、実際本当のわたしを知らないと気づきました。逆らわない、自分をかばうわたししかしらないんです。陽気になってはしゃいで主人と楽しく笑っているわたしを知らないし、また知りたくもないのだと思います。

主人のお母様の方がよほどわたしを理解してくださっています。
他人でいるのに、わたしを実母以上にわかってくださっています。

わたしは、精神薬にお世話になっている限り、
またお世話になるべき原因が周囲にありすぎる限り、精神薬からは逃れられません。
荒療治したって、元に戻るだけです。

どんなにつらくたってみんな働くんだ!

母は言います。そうでしょう。でも、母は、わたしの身体が疲労に耐えられる身体ではないことを理解しない。疲労がすぎると不整脈や悪心が起きてつらくなることも理解しない。

金がなかったらな、病院なんかかかれないんだ!

母はこうもいいます。
そのとおりだけど、わたしに言わせればどんなに貧しくたって、自分はDMで30年近く大学病院に通ったじゃないですか!
理屈はわかるけど、これはもうわたしへの否定にしかすぎないのだと思いました。
主人もそのように感じています。

最近、酒を飲んでいるようです。
どうも肌の色が悪くなっていると思いました。
母はわたしには話しませんが、主人にはつい口をすべらすようです。

はじめて母の本性をみた思いです。

だから、その母の遺伝子を持つわたしは、母の遺伝子は残すべきではないと判断しました。


2013/09/18

Nikolai Lugansky - Beethoven - Piano Concerto No 3 in C minor, Op 37



久しぶりです。家庭内事情多々あり大変でした。

速くて来月、遅くても年内には引っ越しします。



主人の職場は変わりません。マンション購入を検討しています。東京都内で。
先日主人とマンションの物件を観て、現在銀行ローンの申請中です。

ルガンスキーのベートーヴェンのピアノ協奏曲を発見して
今はいささか興奮気味です。
直近?の演奏のようで、何かしらルガンスキーの精神的な成長が伺えました。
鋭敏な打鍵は健在ですね。
とても素晴らしい演奏でしたが、この演奏に、わたしはベートーヴェンを見ることはできませんでした。
どなたか演奏にノーと押した方がいるようですが、もしかすると同じことを感じたからなのでしょうか。
わたしはルガンスキーの演奏が大好きです。とにかく彼のピアノを聴かないと落ち着かないのですが。しかし、彼の
スタッカート奏法の、何というか、癖のようなものが、ベートーヴェンらしさに邪魔をしているように感じました。
それから、テンポが遅いと思いました。

ベートーヴェンの時代のテンポをどう捉えているのか?と思いました。


それからみると、ポリーニの演奏は的確です。










Sheng Cai(再生リスト)



彼はラフマニノフの生まれ変わり?と思う程に素晴らしい演奏を聴かせてくれます。

2013/08/26

Sheng Cai plays Rachmaninoff(再生リスト)



先日、このSheng CaiというピアニストからYou Tubeチャンネルにメッセージが来たんです。
たくさんの方に送信されたものだと思いますが、
それでもわたしのチャンネルを選択してくださったこと、それがとても嬉しかったです。

メッセージには、彼の演奏が添えられていました。ラフマニノフのピアノソナタ第2番です。
このメッセージに気づいたのは日本時間の深夜12時頃でした。

演奏を聴いて衝撃を覚えました。
こんなに素晴らしい才能が眠っているなんて!彼はもっともっと活躍できる逸材だと実感しました。
だって、このラフマニノフの前奏曲の23-5、名だたるコンクールを制覇したピアニストでさえ、このような演奏ができる人はあまりいないと思います。

今はショパコンの覇者でも、ルガンスキーが言った「何か人の心をハッとさせるようなもの」を持っている人はどれだけいるでしょうか。テクニックは最高峰の方ばかりでしょうが、演奏というのは、テクニックは基礎であり本題は感性と解釈ですよね。

この方のショパンのバラード第1番は素晴らしいですよ。ホロヴッツの影響を受けているのかもしれませんが、彼程の音色を出せるピアニストはショパコン覇者でもいないでしょう。
これにおいてはポリーニでも無理です。
完璧を求めすぎて、作曲家自身が当時求めていた演奏を忘れてはならないと思います。

2013/08/20

アップロード動画(再生リスト)



彼は天才よ!わたしの大好きなピアニストがまた増えました!

Chopin, Etude in C minor Op.10 No.12 "Revolutionary" (Alberto Lodoletti,...




なんて素晴らしいピアニストなのかしら!
ちょっと時間おいてから記事書きます。

なんて今日は幸運なのかしら!

2013/08/16

ブラームスBrahms:交響曲第4番 カラヤン・BPO(1984年)



わたしが最も愛するブラームスの交響曲。

ブラームスの交響曲はそれもな素晴らしいのですが、
学生の頃から愛着を抱いて繰り返し聴かずにはいられなかったのは、この
交響曲第4番です。

これは最初はベーム指揮の演奏で知り、クライバーの演奏でいっそう好きになり、
トスカニーニの演奏で論理構築を知った気がし、最後に60年代のカラヤンの録音の演奏に
行き着きました。
何とも言えない美しく物悲しい旋律です。この旋律でわたしは今まで人生において、
聴く事によって精神的に救われてきた事でしょうか。

ブラームスには鬱病?が疑われているようですが、
鬱病じゃなくて、本当に精神疾患だったら(これは仮定です)、双極性障害のおとなしい型だと、患者自身のわたしが感じるのです。
精神的に、感情的に、さまざまに考えあぐねて、荒野をさまようようにのたうちまわっているような旋律なのに、時として明るさや怒りが出てきて、そんなない交ぜの旋律が、わたしの精神状態と一致しているような気がするのです。

スピード的にはこれがベストだと思います、カラヤンの録音では。

でも、内容を最大に具現化したのは最晩年の録音ですね。あれは誰も抜けないでしょうね。

カラヤンという指揮者は、本当にブラームスを愛していたんですね。何度も録音し直すんですから。そしてベートーヴェンもこだわりましたよね。

カラヤンは古典的な指揮者だったのかも知れませんね。

2013/08/13

Antonin Dvorak Symphony No9 From the New World   Istvan Kertesz



新世界を聴くのならケルテスの指揮が最も相応しいと思います。

ケルテスの指揮でドボルザークやブラームスの作品を聴くと、心が和むのと同時に
何かこう新しいことに期待を持てるというか、何か新しいことを発見できるというか、
はたまたケルテスならではの?作曲家の生没地の風景・文化を思い起こさせる、そんな
気分が味わう事ができます。

この演奏を聴いていると、今自分が置かれている状況をぐっとこらえて新たな道へ模索することができるような、不思議な希望が涌いてきますね。

よい人間、優れた人は、天に早く召される、といったことわざがありますけど、
ケルテスも事故とはいえ、それが神様の思し召しだったの知れません。
リスナーからしたら、もしかして本人も、「それはないでしょ」ですけどね。

わたしはカラヤンが大好きなので、カラヤンの録音は片っ端から聴いてます。
新世界も、ベルリン・フィルとの録音がいいという説と、否、ウィーン・フィルとの録音の方がいいという説もありますね。個人的には、最晩年のウィーン・フィルとの録音が素晴らしいと感じております。

わたしはね、カラヤンばかり好きな訳ではないんです。でも一番心地よく耳にできるのがカラヤンだと感じているだけです。他にも、トスカニーニ、クーベリック、ベーム、クライバー親子、ジュリーニ、ストコフスキー、メンゲルベルグ、ゲルギエフ、・・・いろいろ聴きます。ですが、絶対聴かない指揮者がいます。バーンスタインとフルトヴェングラーです。
これを読んで嫌だと思われたら、すぐにこのブログから去って下さい。

両者を好まないのは、ただ一つ。オーバーな解釈とリアクションを感じるからです。
楽譜に添った解釈が最も望ましいと思うからです。
フルトヴェングラーの「運命」はありえない遅さとオーバーな戸を叩く音。
ベートーヴェンはそんな指示を楽譜で出しているでしょうか?
ベートーヴェンの肖像画を見ると、激情型には感じられません。

またつないで記事書きます。





2013/08/10

Yundi Li plays Beethoven's Piano Sonata No.14 "Moonlight"



彼のベートーヴェンやチャイコフスキーは聴けない。

最初は彼のテクニックによっていたわたしでした。
来日コンサートにも行き、ファンクラブまで入りました(今は退会)

しかし、この演奏を聴いてン何か感じませんか?機械的ではないですか?
彼はベートーヴェンを演奏しているようでいて演奏できていません。

それは大物のピアニストの演奏と比較するのではなく、
ぜひ、ブレハッチの古典作品、モーツァルトやベートーヴェン、バッハなどの演奏を聴き比べてみてください。

ユンデイ・リの演奏は、もうわたしの心には何も響かなくなりました。

何でも曲は弾ければ良いというものではないんです。

彼はドイツで何を学んだのでしょうか。

こんな演奏、ベートーヴェンが聴いたらものすごく怒る事でしょうね。