2013/07/30

ベートーベン交響曲第9番「合唱」(生放送)



カラヤンはベートーヴェンの本当のテンポを再現しているし、生き様も語っている。

カラヤンの音色は苦労人の心が伝わってくるのです。

わたしの主人は3歳年上です。国土交通省に勤務し、課長補佐待遇の役職を担っています。
主人は苦労人です。学費を高校生のころから稼いでしました。家の事情のため、高校卒業後、2年間工場で働き、その後、やっとたくわえた入学金を持って、中央大学法学部に入りました。新聞奨学生として2年間働きながら大学に通いました。住んでいた寮は2畳に2段ベッドで2人で使うという物でした。
大学3年からは自分で自分の生活費と学費を稼ぎ、住むところは3畳一間だったそうです。
毎日休む事なくアルバイトに明け暮れていました。
だから、主人は一般的なキャンパスライフを送っていないんです。

カラヤンも指揮者としてデビューした頃は、水しか飲めない時期もあったようですね。

主人は独学で国家公務員試験に合格し、国土交通省のほか、警察庁、参議院事務局に合格。
主人は建設の仕事がしたいと強く思って入省しました。
主人は他の職員より仕事が異様にできるため、入省いてまもなく他整備局に出向となりました。これは戻ったら本省で役職があがる事を意味するのです。
そこでの、整備局の公務員たちの人間性の悪さ、いじめ、本省から来た人間をなんとかして陥れようとする体質に非常に驚いたようです。

主人は戻ってから、役があがり、大臣官房、○局をまわり、内閣法制局の参事官付きに抜擢されました。内閣法制局は国会に通ずる機関で、各省の最優秀職員しか勤務する事ができません。その時の参事官の方とは、今、主人の上司の上司という関係にあります。法案の仕事で、毎日遅く、わたしが主人と結婚したときは、正にここに出向中の時でした。
やりきれないとうちに書類を持ってくるのですが、わたしには難しすぎて???です。

戻ってもあちこちの本省内の局を周り、法案にかり出され続け、
主人はとうとう精神疾患という形で倒れてしまいました。同時期にわたしも倒れました。
主人はパニック発作から。わたしは緊張性頭痛から。夫婦そろって双極性障害です。
主人は休職を2回し、現在復職して4年になります。

自分自身も身体が具合が悪い、でも。妻として主人の体調を気遣って、看病して、おかしいと思ったらすぐに主治医のところにつれて行きました。
精神科は本当に主治医と相性が合わないと大変です。身を以て実感しました。
最初の医者はわたしを診ようとせず、主人ばかり診療するので、わたしは近くの大学病院に駆け込みました。そこで、2人目の医師で本格的な治療が始まりました。
主人は最初の医師についていましたが、バルビツール酸系睡眠薬を処方するなど危険な印象をもったので、わたしの医師のところに行かせました。しかし、主人はこの医師と相性が合わないようでした。
それで、今の慶応義塾大学病院に行くことにしました。この病院は母が長年通院したところでもあります。ここで、今の主治医と出会い、わたしはだらだらしていますが何とか病状を安定させ、主人は無事に復職できました。

この期間に感じた事。
母は、わたしの病気を理解しなかった事。
子供を産まない女は女じゃないと言われた事。
この病気は一生の可能性があるので勝手に減薬するのは無理な事を説明してもだめでした。
自分を支えるのが精一杯なのに、自分のことを説明、弁解しなければならない
そんなことに疲れ果ててしまいました。
主人もこんなできそこないの妻を一瞬でも嫌だと思ったのでしょう、
能無し、役立たず、偽善者、と主人から言われたときは頭の中が真っ白になりました。
「使えない」人間は会社には要らないのと同じで、
家族関係、夫婦でもそれは成り立つのだな、と実感しました。
主人はその後謝ってくれましたが、私の中では正直心の整理は今でもついていません。

主人は復職してからも、ときどき死にたい衝動に駆られることがあるようでした。
なので、わたしは「どうしても抑えられなくなったらわたしを呼んで。一緒に死んであげるから」というのが精一杯の、主人への役に立つための言葉でした。
それに、私自身も何かあったら自死する覚悟はできていました。

そんなことを繰り返しながら、主人もこの春めでたく内部昇任を果たし、仕事の幅が大きく変わって、大勢の部下を指導しなければならなくなり、悲喜こもごもの様子です。

主人が最近弱音を吐くようになりました。
以前は意気揚々としていたのですが、年齢もあるのでしょうね。
それから体力も、病気のせいか、だんだんきつくなってきているようで、最近は背中の痛みを訴えています。採血は頻繁にしているので問題ないのですが、心配でなりません。
そして、主人は滅多に涙を見せなかったのに、最近はちょっとしたことで涙を流す事が多くなりました。主人がわたしにだけ見せる本当の姿です。

わたしは主人の生き様がいかにつらいものだったかは分かります。
わたしも精神的な苦痛を味わいながら生き続けてきました。信じられないような虐待的なことも味わった事があります。だから、人間性のよくない人間を見分ける事は他の人よりは多少はあるのではないかと自負しています。

主人の苦しみを理解できるのは、主人のご両親以外はわたしのみです。

「健やかなるときも病めるときも・・・・・・」

ベートーヴェンはすごく苦しんだでしょうね。
でも、人生を「歓喜」にするんですよ。これってなかなかできないです。
こんな精神レベルに達するなんて最早紙の域だと思います。

わたしは何が何でも主人が生きている限りは生きなければなりません。

夫婦が人生にケジメをつけようと思ったとき、夫婦で自死しても良いと思うようになりました。夫婦でそれが「歓喜」だと思えるなら。
でも昨晩主人と話した時、わたしは「まだ速いよ。自分の役目をやってからでも遅くはないと思うの。」と主人に言いました。主人は涙を流しながらうなずいていました。

でも、うちは主人の退官とともにカトリックに入信する決意です。
主人のお母様が熱心な信者で、ここが良いからと、行くところを教えていただいてます。

こんな泣き暮らしの部分があっても、カトリックを信仰し始めたらまた違う観点が生まれるかもしれませんよね。

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