2013/06/08

Blechacz(再生リスト)



これぞ真のショパンではないか?

わたしは今までのショパコンの覇者の中で、テクニックはポリーニが頂点だと思います。というかこれが共通の認識ですよね。ですが、ポリーニは真のショパン弾きではないなと思えるこのごろです。
結婚して、身体を壊してから、主人はわたしに大好きなポリーニのコンサートのチケットを購入してくれ、(それも高いS席)、わたし単独のときもあれば、主人が一緒のときもあり、来日の度に、コンサートに足を運んできました。そしてポリーニの素晴らしい芸術に触れてきました。
ポリーニはすばらしすぎるピアニストです。ペダルが乱雑だったり、ピアノの調律がおかしなときも多々ありましたが、ポリーニの音色は深く、彫刻のように高貴で麗しさがありました。ちょっとポリーニが弾き始めるとすぐに引き込まれ、ポリーニの精神世界に突入させられるような感覚でした。
でも、ポリーニの音色は、ショパンではない、と思いました。
それは満場一致の1位だったにもかかわらず、何の賞がもらえなかった事実が、録音からも伺えます。彼の音色はショパンではない、ブラームスやベートーヴェン、リスト、シューマン、あと、彼が嫌って弾かないラフマニノフが相応しい、とこの頃思えるようになりました。彼の音色はショパンには太すぎるんです。深すぎるんです。よって、個人観ですが、チャイコフスキーコンクールに出てもよかったのでは?と思えます。

これはポリーニを批判しているのではありません。あくまでわたしの分析です。私自身はポポリーニの熱烈なふぁんでして、他のピアニストを自分の中で分析するとき、指標になっているのがポリーニです。

わたしの描くショパン像は、ブレハッチの演奏です。
彼の演奏で聴くと、わたしの中のショパン像がしっくりとくるのです。わたしがショパンでしっくりくるかこないかを判定するのは、バラードの第1番です。これをどのように読み解いているかで、追いかけるか否かを判定してしまいます。ピアニストを聴くならこういう行為は大変無礼なことだと思いますが、11歳からクラシック音楽を聴き始めて、41歳の今に至るまでの過程で得たわたしなりの判断基準です。

ブレハッチのバラードの第1番を来日コンサートで聴きました。そのときはショパンのピアノ協奏曲第2番も演目にありました。素晴らしかったですよ。若きショパン奏者が疾走怒濤のごとくショパンを正確かつショパンの求めている音色を内面から引き出しているようでした。聴衆はヴラヴォーを叫び、拍手が雷鳴のように響きました。素晴らしい。
これが本物のショパンだ!と名言しているような演奏でしたし、実際正解だと思いした。

ブレハッチの音色はショパンに向いているというより、ショパンの音色ですね。
ショパン自身はテクニックが乱雑だったので、お弟子さんの一人がすごく上手に弾かれていた、という文句をどこかのサイトで見ましたが、今のグランドピアノでその方が弾かれたら、きっとブレハッチのような演奏になったのでは?と思います。

わたしのピアノの先生が、ブレハッチと一緒に写真を携帯で撮っていただいて、手の大きさを比べさせていただいたようです。そんなに大きくないそうですよ。もしかしたら10度届いているか居ないかなのかな?ちなみに、わたしは手が小さく9度までしか届きません。わたしの先生は9度です。

クララ・シューマンのエチュードの演奏をショパンは褒めたそうですね。
ショパンの延長線上のシューマンの音色は実際はどうだったのでしょう。音色はどういうものか判っていますが、一番の理解者のクララ・シューマンの録音がないのが残念ですね。

ショパンの演奏、これについては、ホロヴィッツも凄まじいですが、わたしはニコライ・ルガンスキーの演奏を推奨したいです。

ルガンスキーのピアニズムは恐るべきものです。
特に、ショパンの24の前奏曲集は解釈が独自のものとなっており、ポリーニやブレハッチとは正反対となっていますね。
ニコライ・ルガンスキー。彼のピアニズムをコンサートで聴きました。あのようなタッチをするピアニストは他にいるのかな。彼のショパンは考えるショパンという印象です。




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