ああ!ラフマニノフがいる!!ルガンスキーはほんの10年前にこんなにすばらしい演奏をしていたのですね。
クラシック嫌いの主人が認めるピアニストはポリーニとルガンスキーだけ。
主人もわたしと同じ病気を持って、頑張って昇進を果たして日々奮闘しています。
主人はクラシック音楽が嫌いなのです。アメリカのロック音楽の大ふぁんなのですが、
主人は自分の精神の疲労を感じると、決まって聴くのが、ポリーニのモーツァルトのピアノ協奏曲とルガンスキーのラフマニノフのピアノ曲の演奏なのです。
演奏はわたしのMacintoshで聴いています。すばらしいPCですよね。スピーカーが要らないんですから。
この尾高忠明さんの指揮での演奏は、ラフマニノフの落ち着いた豊かな精神状態を思わせる、そしてラフマニノフらしさが溢れ出た演奏にまとめられているように思います。
この演奏を聴いて、ライブ演奏の瞬発の美しさを思い起こしました。
近年の演奏は、ラフマニノフではあるけれども、ルガンスキーらしさも、そして
ラフマニノフの曲の解釈に新たな糸口を見出させるような品格の高さと美しさが追求されているようにも感じられますね。
でも、この演奏はラフマニノフを知る基本の演奏だと思います。
ラフマニノフ本人の演奏と聴き比べてみるべき演奏だとも思います。
今日は診察日でしたので、久しぶりに主治医にお会いしてきました。
精神科医とは変わり者で偏屈が多いように思われますが、
わたしの主治医はいたって普通の人だと思います。
相性がいいとは特別思いませんが、そもそも、主治医との相性で病気が治る訳でもありません。異性という意識も持っていないこと、だからか、自分が思うことは何でも話してしまいます。年齢が近いこともあるかもしれません。
主治医のすごいと思うことは、どんなことにもたじろがず、聞き入れ、受け止めてくれることです。患者とは親密な距離にならない、これらは精神科医としてあるべき姿だと思いますね。
こういう姿勢を保つ主治医はさぞかし大変な精神力を強いられていることでしょうね。
わたしなんて5年も通ってますから、研究材料になっているでしょう。
最近は主治医に信頼感を持っているので、わたしの病気をとことん追求してもらいたいと思っています。
わたしは病気になって、初めて、人間の心のあくどさを思い知りました。
療養生活が長くなると、世間は専業主婦のくせにうちにどずばって、と白い眼でにらみます。自分は苦しんでいても世間は異物お荷物扱いなんですよね。
それから、いくら今女性が社会進出しているとはいえ、精神疾患の主婦に偏見を持ち、電磁波攻撃などの嫌がらせや罵詈雑言を浴びせる、臭いものにふたをするような、差別思想は根強く残っているのです。こちらの言い分は通りません。
わたしのような立場になったら、死ぬか生きるか、覚悟せねばならず、何のために生きるのか見出さなければなりません。
わたしは主人がいるから生きている、主人のために生きる、という使命がまだ残っています。主人が、「これから何があっても最期は一緒だからな。最期の最期、2人で死ねば良い」と言ってくれました。それが今わたしの心の支えとなっています。
引っ越ししましたが。真上がカルトのアジトのようです。黙認しているのがすごいですね。ドアの電源がついていないのに、郵便ポストもごみだらけなのに、足音と電磁波と騒音攻撃を日に日に強くしてきています。
精神疾患の人間は最早人間じゃないんですよ。仏教の世界なんてこんなもんです。
中世の魔女狩りみたいなのが罪に問われない形で行われているんですよね。
だから、ラフマニノフなど、精神疾患を患ったことのある作曲家や演奏家は一芸に秀でていたからこそ自分の居場所を設けることができたものの、一般は大変な思いをしたでしょう。もちろんラフマニノフの精神的な苦しみは大変なものだったと思います。
これは経験しないと分かりません。
「出る杭は打たれる」っていうことわざ。
この演奏とてもすばらしいのに、何で平凡な拍手なんでしょうね〜。
これが日本人なんですよ。
日本人のクラシック愛好家でルガンスキーを推奨する人は少数です。呆れますね。
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